「……これは一体、
どういう状況なんだ?」
いざ入ろうとした
駅の公衆トイレの個室の前で
わたしは仁王立ちしました。
ブランドものの大きなバッグが
ででんと置かれている。
バッグと同じブランドの長財布が
にょきっと覗いてるではないか。
はっと辺りを見回しましたが、
誰も居なくて。
「しかたない」
家の最寄駅まで
車で迎えに来てくれる
長男太郎ちんに、
「バッグを拾ったので
少し遅れるかも?」
そうLINEで送ってから、
バッグをつかんで、
小走りに改札窓口へ。
急がねば!
駅員さんに、
「そこの女子トイレに
置き忘れられたみたいです!」
と伝えて、
どんっとバッグを窓口に置くと、
急がねば!

また小走りに女子トイレに戻り、
「本来の目的」を済ませ、
小走りにホームに向かって
何とか電車に滑り込みました。
「○分に駅に着くよ!」
再度、太郎ちんにLINEで連絡し、
ほっと一息。
それにしても、
バッグを丸々置き忘れた女性は、
一体、何に心を取られて
しまったんだろうと、
ぼんやり考えて居りました。
「大きな心配事のせいじゃなきゃ
いいんだけど」

読みかけの本の頁を捲っている内に
二つ目の駅を過ぎ、
少しずつ灯りの数が減っていく
窓の外を感じた頃でしょうか?
すぐ傍のドア付近で、
ケータイを眺めていた
若い女の子の背中が突然、
ぐにゃりと不自然に歪みました。
「あ」
咄嗟に本を落として、
女の子の身体を抱いたものの
そのまんま一緒に
床にくずれたわたしが、
「大丈夫?」
声をかけて、
女の子の顔を見ると、
薄く開いた目に
何も見ようとしていない黒目が
虚ろに揺れてしました。
「ああ……これもしかたない」
突然のことに目を丸くして
こちらを見下ろしている男性に
声をかけました。
「すみません。
『非常ボタン』を押してください」

緊急停車。
「お返事出来ますか?」
「どこか痛いところは
ありませんか?」
「わたしの手、握れますか?」
「何か、病気で
現在お薬を飲んでるとかは
ないですか?」
脈はしっかりしてる。
呼吸は少し、荒いけれど
チアノーゼは起こしていない。
黒目の位置も定まり、
わたしの問いかけにも
小さな声なりとも
返事をしてくれて居たので、
問いかけを続けながら、
車掌さんに状況報告をしました。
再び動き出した電車の中で、
妙に冷たい女の子の手を
さすりながら、
「こんな時は、
しっかり誰かに甘えなさい」
いつだったか、
自身が言われた言葉を声にして、
「わたしは、
甘えられなかったけど」
の部分は飲み込みました。
五分ほどして次の駅に停車した
電車のドアの向こう、
ストレッチャーに乗せられている
女の子の姿が見えたので、
太郎ちんに、
ざくっと状況を説明して、
「少し到着が遅れる」
LINEで送信すると、
「どんな帰路やねん」
の返信の後、
「色々有りすぎやろ。
おかんはコナンか」
「雨、ぱらついてるから、
走って転びなや」
「ゆっくりおいで」
続く言葉に、
ふふっと目を細めると、
「やっとゆっくり出来るかな」
町そのものが眠るような窓の外に
わたしは目を移しました。

女の子のブラのホック、
(勿論、本人の了承を得て)
外しちゃったけど、
あれから困らなかったかは、
今もちょっと気にしてます。