降るでもなく、
降らないって感じでもなく、
寧ろ、たくさん含んだ雨粒を
いつ落としてやろうかと
待ち構えるような、
濃いグレーのスポンジが
空一面を覆っている、
そんな午後でした。
恐らく乾いていないだろう洗濯物を
見に行く気にもならず、
ホットココアの入ったマグカップを
右手に持って、
ドアを3回ノックする。
「はい、どうぞー」
愛する次男坊次郎ちんの声がして、
「母です。入るよー」
細くドアを開けました。
ベッドで布団に脚を突っ込んだ
次郎ちんは、
前の晩からオサライするかのように
読み始めたコミックを広げたまんま
「どしたん?」
と訊いてきました。
「あったかいココア、飲む?」
「わあ。嬉しいな。
ポカリに飽きてたねん」
次郎ちんは白いマスクを
顎にずらして、
にっと笑いました。
「どう?少しは楽になった?」
ベッドの端に腰掛けたわたしは、
窓際にマグカップを置いて、
マスクを定位置に戻した
次郎ちんの顔を覗きこんで
訊ねました。
次郎ちんは、
「大丈夫やで。
ただの風邪やし。
ごめんな、心配かけて」
そう言って、
わたしの頬を
柔らかな指で軽く摘まみました。
マスクと前髪の間、
次郎ちんの人の良さそうな目元が
一瞬細くなった……その時です。
「あれ?
母者。母者の頬っぺたって……」
「え?」
「焼く前のウインナーみたいな
感触やな」
「え?」
「ほら、シャウエッ○ンとか
あんな感じ」
「………?」
美肌を比喩する言葉は、
たくさんございます。
「マシュマロ」、「陶器」、
「つきたてのお餅」、「白磁」、
「真珠」なんてのもございます。
「ウインナー」や「腸詰め」は、
わたしの知る限り、
ございません。
窓ガラスに雨のしずくが
ひとつ、ふたつと
貼り付くのが見えました。
パックが終わったので、
今夜はこのまま眠ります。